ニゲル・トレランティア







俺と卯月はキャットストリートのワイルド・カフェにいた。
開放バッジで苦しんでいた俺たちを運び、治療をしてくれた羽狛という男。
卯月の話では何かと音操君達と絡んでいたらしいが、別に興味はない。
問題は―――――

後から保護された南師。
南師が復活していたという事だけで驚きなのに、その南師が重体で、ようやく意識を取り戻したのに――――

記憶が無くなっていた。

今回のゲームだけでなく”全て”を忘れてしまっていた。

それはもちろん、
俺との事も――――

 

 

 

 

 

「…猩」

頬にキスをおとす。
体が覚えていてくれてるのか、キスをしても怒らない。
意識を取り戻してからもまだ体の方は万全ではなく、ベッドで過ごす南師を俺が世話していた。
猩の世話は俺がしたいといったら、羽狛は全て任せてくれた。
簡単な事情は、すでに猩に教えている。
事情を理解しているから、猩は俺に申し訳ないとでも言いたげな、哀しそうな目で俺を見る。
よそよそしい。
でも、我慢しないといけない。
最初に猩が記憶喪失だと知ったとき、ショックで南師を勢いに任せて押し倒してしまった。
最後まですることはなかった。
いや、できなかった。
本気で怯える南師の顔をみて、自分がしたことに対しての後悔で俺の心は一気に溢れた。
もう、あんな顔はさせたくない。

 

 

「…ごめん」

「え?」

「狩谷の事…心では分かってる。だから、早く記憶を取り戻そうと努力してんだけど…」

「…今は記憶よりも、体のほうが大事ダヨ?そっちを優先したほうがイイヨ」

 

 

 

ウソツキ。
ホントウハ ダレヨリモ イチバン オモイダシテホシイト
ジブンデ ワカッテル クセニ

 

 

 

 

まだ何か言おうとする猩の頭を優しく抱き寄せた。
猩の体は、震えていた。
梳くように猩の頭を撫でた。
体の振るえは収まり、次第に猩は眠りに落ちていった。

 

「猩…」

 

「猩…」

 

「猩…」

 

 

もう聞こえているかわからないけれど、それでも呼ばずにはいられない。

愛おしい

愛してる

好きだ 好きだ 好きだ 好きだ

 

 

 

ただ純粋に、南師猩という人間が愛おしいと思った。

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あとがき

狭間の選択。

 

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